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ハローニューエンド 4

Penulis: 北園れら
last update Tanggal publikasi: 2026-07-06 19:04:15

正直、花火《はなび》にはさっぱりわからなかった。

傷つけられ、痛めつけられ、踏み躙られてなお「こいつらを殺せ」などと微塵も口にしなかったこの男の心境が。

「え、本当にあいつら全員殺してくれたの!? はっははは、ざまあ!」

「ありがとうございます……やっと解放される」

「おお、おお、よくやった。あの狸ジジイがくたばれば我が政局は安泰だろう」

花火が人を殺す度に誰もが喜んでくれた。

ある者は自分の彼氏とその浮気相手の女を、ある者は謂れのない性暴力を振るってきた上司を、ある者は自分にとって都合の悪い権力者を。

世間が短気なのかゴミクズばかりなのか、殺してやりたいほど憎む相手はごまんといるらしい。

花火が所属していた大日本殺合組合は、表向きには特殊清掃業を取り扱う法人ということにされている。自分たちがやっているのは社会に必要なゴミ掃除なのだと教わって育った。誰一人それがいけないことだと言う大人はいなかった。

だからだろうか。

(……おもしろっ)

わからないから、知りたくなった。

そしてやがて深呼吸をして、殺し屋カビ・・・・・は微かに口角を上げながら敵を見据える。ここからは殺し屋の流儀に則っていかせてもらおう。

一言に殺し屋と言っても三種類に分かれる。

ひとつはライセンスを所持し組合や組織から依頼を請け負う自由業《フリー》。もうひとつは特定の団体に属さず誰にも従わない実力主義の野良《ストレイ》。そして最後にもう一つ。

ああ、こいつなら悪くないかも知れない。

「マスター下がってて。あとペン貸して」

「へ?」

「いいから任せなさい」

カビはマスターのシャツの胸元からボールペンを一本だけ抜いて逆手に構えた。

「俺馬鹿だからよくわかんねえけどよ……とりあえず全員殺したらいいんじゃねえかなぁ!」

「その口調で正論言わない奴いるんだ」

目測、ボス級と思しきドレッドヘアは百九十センチ近い巨漢。筋肉は薬物がステロイドの影響を受けたのか異様に膨れ上がった赤ダルマ。体重も百キロはくだらないだろう。

カビより頭一つ分は余裕で大きい。体重に関しては二倍では済まない。大人と子供以上の差だ。まず正面から戦って勝てる相手ではない。組み付かれでもしたらその時点で確実に殺される。

さて、このクズをどうしてやろうか。

頭の中で手順を組み立てようとした時、ドレッドは乗ってきたハイエースのトランクを乱暴に開けていた。工具箱のような赤いカゴが見える。

そこから一際大きな拳銃を抜いた。

「お、ラッキー」

そう口にしたのはカビの方だった。

さて、マスターからは「殺すな」と言われたが凶器を使うなとは言われていない。花火はペンを口に咥えると、愚直にも正面を切って歩き出す。

「んなっ……正気かお前!?」

遠くでマスターの叫ぶ声が聞こえる。

まあ見てなって。

ドレッドが奇声を上げて拳銃をぶっ放す。が、放たれた弾丸はカビの横をすり抜けていくだけ。

「く……クソガキが、どうなってやがる!?」

「クソガキ相手に銃使うなよビビってんのか?」

中華製の大口径ハンドガンに下手くそな構えの薬物中毒者。そんなもので撃たれる方が難しい。ドレッドは全弾撃ち尽くしてなおカビに一発も喰らわせることなく、

「遅い」

その間抜けな頭上をカビが飛び越えた。ヒトよりも動物に近い動きでドレッドの膝を踏み抜き、肩に手を突いて跳馬のように大きく躍る。

単純な組み合いなら多少の見込みはあったかも知れない。筋肉ゆえにスピードは申し分ないが、頭の回転は些か遅すぎた。

「おいおまえ、わたしの主人《マスター》を足蹴にしたな」

「……!?」

カビは口からボールペンを離し、ドレッドの背後に着地する。身を低くしたままボールペンを手に掴み、ドレッドの履いていたスウェットパンツに突き刺した。ブチブチと嫌な音が響きわたる。

「二度とその足で歩けると思うな」

瞬間、ドレッドがもんどりうって地に伏せ、代わりにカビが立ち上がる。手からこぼれ落ちた肉切り包丁を蹴ってコンクリートの上を滑らせた。

野太い絶叫は男の喉から出たものだった。

色褪せた杢グレーに黒ずんだ赤い染みが滲んでいた。カビがボールペンをドレッドのアキレス腱に突き立て体重をかけて乱暴に切り裂いたのだ。

ドーパミンとアドレナリンを過剰分泌させたドレッドを無力化するのに殺傷は必要ない。その足を動かなくさせるだけでいい。そんな無茶苦茶な理屈が通ったのはカビが殺し屋だからだ。

「……はいおしまーい」

ターゲットを殺さないのは生まれて初めてだ。弾数を把握していないのか、チャンスを求めて拳銃の取ろうと這いずるドレッドの手の甲にとどめとばかりにペンを突き立てる。魔法のように骨をすり抜け手のひらを貫通して地面に突き刺さると、ようやく巨漢の怪人は戦意を失くした。

「どう? 殺さなきゃいいんでしょ」

「……お前、マジで殺し屋だったんか」

「今更ぁ」

ダストシュートの陰から出てきたマスターは興奮するでも怯えるでもなく、ただ平静を装って状況を飲み込もうとしていた。

これが新しい主人になるのか。前よりはだいぶまとも君だ。賽原花火はその顔を観察しつつ、手に付いた返り血をナイロンパーカーの裾で拭う。

「こいつらどうする?」

「警察に突き出すべきか……いや、面倒なことになるだけか。ただでさえ目ぇ付けられてんのに」

マスターがこぼした瞬間、沈黙を貫いていたハイエースのエンジンが吠えた。

「え」

「あっ……!?」

もう一人いた・・・・・・、とマスターが呟いた。覆面を被りハイエースを運転していた少年が飛び出し、拳銃を拾ってトランクに投げ込む。車はドレッドを置いて逃げるように急発進した。

「よし、あれは殺そう。今なら間に合う」

「待て待て、約束したやろが!?」

「でも」

「でももクソもあるか! 放っといたれ」

「えぇー……」

依頼人がそういうなら仕方ない。花火は黙って見送ることにした。ハイエースはゴミ箱を倒し電柱にぶつかりながら幸区の方角に逃げ去った。

「何なの? こいつら」

「んなもん俺が聞きたいわ」

あいにくドレッドはクスリがバッドに入ったらしく貧血気味の顔で気を失っていた。目が覚めたとて碌な話が聞ける状態ではないだろう。

「なあ、殺し屋の免許ってのは一体何なんや」

「持ってる人間が何しても許される悪魔のカード。殺しても埋めても盗んでも犯しても」

「……そら最悪やな」

「わたしもそう思う」

「最悪ついでにこいつのポッケ探してみ」

マスターに言われるがままにドレッドの服をまさぐる。牛革の折りたたみ財布を見つけて開くとそれが挟んであった。

「わたしのライセンス!」

「この化け物が野放しなのはそれのせいか」

赤い特殊繊維の厚紙に登録番号と有効期限が印字されただけの「どうぞ失くしてください」と言わんばかりな簡素なカード。申し訳程度の顔写真はフラッシュで目を瞬かせていた間抜け面の花火で、番号もうろ覚えだが持っていた物と一致していたと思う。

「……いや、でも違う。わたしのじゃない」

「違うんか?」

「本物はラーメンの汁が染みてる」

「どこに何置いて飯食うてんねんお前」

これが贋作のライセンスか。花火はまじまじと手の中のカードを眺めた。

組合事務所の職員いわく、同じものが日本中の裏マーケットにばら撒かれているらしい。花火は自分のポケットに偽造ライセンスをねじ込む。

「あ? 持って帰ってどないするんや」

「組合と約束したの。出回ってるカードを全部回収して、ばら撒いた犯人の首を取ってくるって。そしたら殺し屋に戻してくれるんだって」

「んな無茶な……そないしてまで戻りたい所か」

「わたしには殺し屋これしかないから」

どのみち違約金を支払うアテは殺し屋の仕事しかなかった。地道に積み立てながら死ぬまで人を殺し続ける。ローンを組んで働くのと変わらないと思う。問題はそれまでどうやって生きるかだ。

「……ねえ、本当にいいの?」

「何が」

「よく知らないけどさ。マスターは普通の人生に戻りたいんでしょ」

話は路地の外で聞いていた。マスターの名前もヤクザの元で詐欺を働いていた過去のことも。

「だったらわたしと深く関わらない方がいい」

「お前、趣味は?」

真っ赤に充血した痛々しい目をハンカチで押さえながら、マスターがふとそんなことを尋ねた。

「え……ショート動画とか?」

「俺はな、お菓子作りと人助けや。特に困ってる奴は見過ごせないタチでな」

「流石に冗談きついよ」

「やかましい。知っとるか、嘘はつき続けたらいつか本当になる」

「……それ誰の言葉?」

かけ子・・・してた元同僚。今は塀の中」

なんて信ぴょう性のある言葉なのだろう。

「俺の言葉に嘘はない。吐いた言葉は全部本当にする。そうやって生きるって俺は俺に誓った」

「それは……マスターが変わるために?」

「ああ。俺たちは嘘も殺しも絶対に禁止。それが守れるなら俺はお前と組む。そういう約束」

「……わかった」

人間は生きているかぎり虚構に塗れる必要がある。花火の師匠である殺し屋の言葉だ。嘘が人間を人間たらしめる。それは詐欺で金を稼いだことがあるマスターなら余計に感じているはずだ。

「というか、寧ろ俺が聞きたいくらいや。こんな落ちぶれた前科持ちと組みたいかって」

何がそこまでマスターを突き動かしているのか今の花火にはよくわからなかった。ただ目を見てその意思が本物だということだけ理解した。

「せや、お前が払う違約金って二十億やったな」

「そうだけど」

「……こいつらが探してたのもピッタリ二十億。偶然にしちゃあ出来過ぎと違うか?」

「!」

「何か裏があるはずや。なんも知らん俺らが連中にこれ以上利用されん為には手を組むしかない」

そう言ってマスターは自らの拳を差し出した。爪は剥げてぼろぼろで痛々しく血が滲んでいた。

「余計な気ぃ回すなや。お前はお前の、俺は俺の目的のために動いたらええ」

「……マスターの目的っていうのは」

「社会復帰。せやけどその前に二十億をぶん取る」

「は!?」

マスターは血の滲んだ歯をニッと見せた。

「勘違いすんな。別に金に執着しとるわけやない。単に俺がそうしたいと思っただけや」

「それを執着って言うんじゃないの」

「そんでその金ぜーんぶお前の取り分にしたる」

レンズの割れたサングラスを拾って埃を払い、マスターは目を傷つけないよう慎重に掛けた。

「殺し屋との契約。報酬はその二十億でどうや。お前かてそないバカげた金、まともに働いて返せるとか思ってないやろ?」

「……そう、だけど」

「安心せえ。大金ちょろまかすことに関して俺の右に出るもんはおらん」

マスターは自分の胸を叩いてまた笑った。

その手に恐る恐る触れた時、花火は自分の中に得体の知れない熱を帯びていることに気がついた。

「天才詐欺師豹虎ひょうごサマの最後の大仕事っちゅうこっちゃ。どや?」

「……ふっ」

「俺は案外真面目に言うとるんやが」

「いや、やっぱり間違いじゃなかった」

そして、拳を握って、合わせる。

「わかった。これからよろしく、マスター」

「おう。二人で何もかもやり直すぞ、花火」

腐った裏社会で吐き捨てられた吸い殻が、偶然隣り合った燃えかすの導火線に再び火をつけた。

これはそういう物語だ。

Ⅰ.『わたしたちの再燃ハローニューエンド

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